東京地方裁判所 昭和57年(特わ)2363号 判決 1983年3月03日
主文
被告人を懲役二年及び罰金七〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。この裁判の確定した日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、東京都目黒区中町二丁目二三番一号に本店を置き、ベアリングの製造販売等を目的とする資本金五億円の東邦精工株式会社(昭和五七年一〇月一日東京都品川区上大崎二丁目一三番三八号株式会社テーエチケーに合併して消滅)の代表取締役として、同会社の業務全般を統括していたものであるが、被告人は、右東邦精工株式会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上げの一部を除外し、架空の仕入れや仕入れを水増し計上するなどの方法により所得を秘匿したうえ、
第一 昭和五三年四月一日から昭和五四年三月三一日までの事業年度における右東邦精工株式会社の実際所得金額が八億二一四〇万八〇二七円(別紙(一)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、確定申告書提出期限の延長処分による申告書提出期限内である昭和五四年六月三〇日、東京都目黒区中目黒五丁目二七番一六号所在の所轄目黒税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が四億〇五七九万五八四七円でこれに対する法人税額が一億五六二八万七八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同会社の右事業年度における正規の法人税額三億二二五三万三〇〇〇円(別紙(三)税額計算書参照)と右申告税額との差額一億六六二四万五二〇〇円を免れ、
第二 昭和五四年四月一日から昭和五五年三月三一日までの事業年度における右東邦精工株式会社の実際所得金額が九億二九一二万四〇八〇円(別紙(二)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、前記期限内の昭和五五年六月三〇日、前記目黒税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が七億〇二七八万九八四四円でこれに対する法人税額が二億六八二〇万〇〇〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もって不正の行為により同会社の右事業年度における正規の法人税額三億五八七三万四〇〇〇円(別紙(三)税額計算書参照)と右申告税額との差額九〇五三万四〇〇〇円を免れ
たものである。
(証拠の標目)《省略》
(補足説明)
なお、被告人は、第一回公判期日において本件各犯行を認める旨陳述しながら、その後の公判期日並びに昭和五七年一一月一〇日付及び昭和五八年一月二七日付各上申書において、事由を縷述して本件各ほ脱所得金額ひいては一部犯罪の成否を争うかのようである。しかし、右各供述に鑑み関係証拠を検討しても、本件において各実際所得金額ひいてはほ脱所得金額の計算上、これに変動を及ぼすような事由はないとみるのが相当である。
(法令の適用)
被告人の判示各所為は、いずれも、行為時においては昭和五六年法律第五四号による改正前の法人税法一五九条一項に、裁判時においては改正後の法人税法一五九条一項に該当するが、犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、いずれも所定の懲役と罰金を併科し、かつ、各罪につき情状により法人税法一五九条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については、同法四八条二項により各罪の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役二年及び罰金七〇〇〇万円に処し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により、同法二五条一項を適用し、この裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予することとする。
(量刑の事情)
被告人は、会社を設立・経営するなどして多年ベアリング製品の開発・製造・販売等を業としている者で、昭和四五年に故あってその経営にかかる日本トムソン株式会社を退社し、翌四六年に東邦精工株式会社(以下「東邦精工」という。)を設立、代表取締役に就任して事業を継続し、子会社として株式会社テーエチケー(以下「テーエチケー」という。)など数社を擁するなどして、近年では産業用ロボットなど数値制御の工作機械等に用いる直線運動用ベアリングの開発に成功して急激に業績を向上させ、東邦精工をしてベアリング業界大手六社に次ぐまでの企業に成長させたものであるが、本件は、判示のとおり、この東邦精工について、その代表取締役であった被告人が、二事業年度にわたり、合計六億四一〇〇万円余の所得を秘匿し、合計二億五六〇〇万円余の法人税を免れたという事案である。右各金額はいずれも高額であって、その所得秘匿率は約三六パーセント、税ほ脱率は約三七パーセントに及んでいる。犯行の動機として、被告人は、東邦精工の株式を上場して右日本トムソン株式会社を追い抜くためには、東邦精工の利益を安定、漸増させる必要があり、そのためには利益調整を行わざるを得なかったものであり、また、会社設立後まもない東邦精工としては含み資産がなく、不況時に備えて利益を内部蓄積しておかねばならなかった旨述べている。こうした事情はそれなりに理解できないではないが、その手段方法には自と限度があるのであって、そのために脱税が正当化されるものではない。とりわけ、東邦精工が被告人及びその一族の支配する企業であってみれば、つまるところ脱税は私的利益の増大に直結しているのであって、本件動機において、特に斟酌すべきものがあるとは思われない。また、被告人は、本件各犯行に際して、自ら売上除外額、仕入水増額を決定し、これを経理担当者に指示して帳簿等の改ざんを行わせるなどしており、更に、簿外にした金銭で株式や商品取引等を行い、一部は自己において費消するなどしているのであって、こうした公私混同も看過できないところである。加えて、被告人は、昭和三四年ころ当時経営の会社につき名古屋国税局の査察を受け、修正申告を余儀なくされたことがあるうえ、昭和五二年三月期から売上除外等を行ってきており、昭和五四年一二月には、本件昭和五四年三月期までの分について税務調査を受けているのに、その後更に本件判示第二の犯行に及んだものであって、被告人の納税意識の希薄さは否定できない。更に、被告人は、後に詳述するように、処罰回避の目的がないとしても、株式上場のために本件公判中に訴訟関係者に諮ることなく東邦精工をその子会社であるテーエチケーに吸収合併させ、東邦精工に対する公訴を棄却するのやむなきに至らしめており、また、本件審理中も、会社を上場するためにはある程度の利益調整もやむを得なかった旨述べている。これらの事情に徴すると、被告人の刑事責任は重いといわざるを得ない。
しかし、被告人にはこれまで前科はなく、本件についても修正申告を行い、これに伴う諸税も完納しており、被告人が代表取締役である前記テーエチケーについては、内部の経理体制を強化するとともに、監査法人の監査を受けることとなっており、被告人も二度とかかる不祥事を起こさない旨述べている。その他、ベアリング新製品の考案・開発等を通じて機械工業界ひいては社会に貢献してきたことなど被告人に有利な事情を考慮し、被告人に対しては、罰金と懲役を併科するものの特にその懲役刑の執行を猶予することとした。
なお、本件は、被告人寺町博のほか東邦精工を被告人として起訴され、併合審理を受けてきたもので、こうした両者につき有罪判決をする場合には、法人につき罰金刑、代表者等の行為者につき懲役刑を科するのが裁判実務上の通例といえる。しかるに、本件では公判審理中の昭和五七年一〇月一日東邦精工においてその子会社である前記テーエチケーに吸収合併され、その旨の登記もなされた。当裁判所は、後記の点を考慮したものの、結局、昭和五七年一二月二七日、東邦精工は合併により解散し存続しなくなったことを理由に、刑事訴訟法三三九条一項四号により、東邦精工に対する公訴を棄却する決定をし、この決定は確定している。こうした事態は極めて異例のことであり、しかも、合併という人為的手続により被告人たる法人が処罰を免れるということを無制限に放任すべきでないことはいうまでもない。これに対処するため、「法人ノ役員処罰ニ関スル法律」があるものの、本件に関して検察官は同法律違反による刑事責任を問わないもののようである。また、本件合併後存続する前記テーエチケーは子会社とはいえ現に活動中であり、これを存続会社とし、東邦精工を被吸収会社としたのは、たまたま前者の株式の額面が一株五〇円であり後者のそれが五〇〇円であるため、株式上場に便利である点を考慮したものとみられ、右の合併自体ひいては東邦精工の刑事被告人たる地位の消滅を裁判上否認すべき特段の事由があるとは思われない。
このようにして、東邦精工が処罰を免れる結果となったことから、検察官は、被告人に対する求刑として、懲役刑のほか法人にのみ科するを通例とする罰金刑の併科を主張する。しかし、消滅した共同被告人に対する科刑を残る被告人に実質上転嫁するかのような量刑が当然に妥当視されるものでないことはいうまでもない。ところが、本件においては、合併当時、東邦精工、テーエチケーのいずれも、資本・経営の両面において被告人が支配する会社であり、本件合併自体ないしその方式等も被告人の意向と選択に従って決定されたもので、東邦精工が処罰を免れることは、単に罰金の支払いを免れるだけではなく、株式上場の面でも有利に展開するであろうことは、東京証券取引所の上場審査基準等に照らしても見易いところであり、究極的にしろこうした諸利益の最大の帰属者が被告人自身であることも疑いのないところである。そもそも、法人税法一五九条一項が行為者について懲役と罰金が併科される場合のあることを予定しているのは、行為者に対して懲役刑を科したのみでは刑の感銘力が期待できない場合に、更に罰金刑をも併科し、両者相まって行為者に対する科刑の適正を図ろうとしたものと解される。このような事情に鑑みると、被告人に対しては主文掲記程度の罰金刑を併科するのはやむを得ないところと思料される。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小瀬保郎 裁判官 原田敏章 原田卓)
<以下省略>